いけばな嵯峨御流

令和元年11月号 華務長対談 辻󠄀井ミカ×アートディレクター 亀山和廣

 

■ウィンドーアートはワクワク感の舞台

 

毎年、嵯峨御流の大作で正月を寿ぐ阪急うめだ本店の巨大ウィンドー。今回は、その統括者にしてアートディレクターの亀山和廣さんに、百貨店にとってのウィンドーの役割や展示アートへの想いを伺いました。

 

◆クリスマス展示では巨大マリオネットに挑戦

 

華務長 チェコ共和国に行って来られたんですね。

亀山 実はクリスマス用の人形を作ってもらっているんです。90体作ってもらう予定で、衣装などの打ち合わせがあって結構忙しかったです。チェコに行ったのは初めてだったのですが、空の色が綺麗で歴史のある建物も多く、それだけで勉強になりました。

華務長 クリスマスの定番になっているお人形はいつも外国で作られているんですか。

亀山 チェコに住まわれている林由未さんという作家の作る人形が素晴らしくて、これはいいなと。阪急としては初めてなんですが、マリオネットを使うことを企画しています。実は、私がクリスマス展示を担当してから30年ぐらい、ずっとマリオネットをしたいと思っていたんです。ノウハウとか、作る技術とかがほとんどなかったので難しかったのですが、ちょうどこの前ある出会いがあって実現できる運びになりました。

華務長 マリオネットを巨大なウィンドーで見せるということは、人形を自動で動かすのですか。

亀山 マリオネット自体はあちこちで催されているのですが、7面のウィンドーで展示するというのは初めてだと思います。1面だけで動かすのであればそれほど難しくないと思うのですが、大きなウィンドー7面を連動させて糸で操るとなるとなかなか大変です。

華務長 糸で操るというところは人の息づかいが感じられ、日本の伝統文化である文楽にも通じていますね。

亀山 マリオネットは糸で操ることで動きが与えられ、命が生まれます。ただ難しいのは、ウィンドーの高さが4メートルもありますので、糸が4メートルの高さを上がっていくのをどうしたらいいかと。今、苦労しながら進めています。

華務長 マリオネットって、人が立って操る範疇でしか見たことがないんです。

亀山 そうなんですよ。チェコに行ったときも劇場で操っているところを見たのですけれど、2メートル以内なんですね。ですから、人が台に乗って立ってできる範囲。

華務長 すごいチャレンジですね。まだ誰もやったことがないということは、たぶん世界で初めての大型マリオネットですね。

亀山 そうだと思います。背景を作ったり、下に構造を作ったりするのですけれど、糸が絡まないように、そしてなるべくたくさん動かしたいという思いで図面を書いて、実現に向けて関係各所と交渉しています。

華務長 デザインや技術を含めてのトータルのディレクターをなさるわけですから、あらゆる知識が要りますね。

亀山 やはり皆さんに喜んでいただけるのが一番なので、こちらが努力、苦労をしてでも皆さんが笑顔になってほしいという気持ちでやっています。

華務長 阪急さんのクリスマスのウィンドーは子どもさんだけではなくて大人も楽しめるし、見ている皆さんも幸せそうな顔になられますよね。

亀山 特にクリスマスの時はご家族でお見えになる方が多いので、お子さんがウィンドーを覗き込んで一つ一つ見ながら、それをお母さんが説明される姿が幸せな感じで。

華務長 阪急さんのウィンドーは季節を通して非常にインパクトがあります。ショーケースという範疇はとうに超えていて、あそこに今度は何が展開されているのか、どんなストーリーが展開されているのかと、ワクワクした気持ちで前を通ります。

亀山 ありがとうございます。

華務長 その仕掛け人が亀山さんなんですね。

亀山 僕だけではなく、それぞれのプロが集まってチームで作り上げているんです。

華務長 百貨店の顔というお客さまの興味が激しく移り変わる場所にあって、亀山さんを含め意外にメンバーのキャリアが長くていらっしゃいますね。

亀山 そうですね。ずっと一緒にやり続けていますと、お子さんや大人の目線の高さなど、気を付けなければならないポイントが分かるんですね。現在のウィンドーは4メートルの高さの7面ですが、通常の目線からちょっと離れたところに仕掛けを作ったりしていて、そこでちょっとしたお客さまの驚きがあると嬉しいですね。

 

◆グレード感や品格を見せる

 

華務長 阪急さんのウィンドー展示はいつも私の想像を超えています。例えば動くウィンドーですとか・・・。5月号で対談させていただいた瀬原さんをまじまじと身近で見学させていただいたのもこの場所。ウィンドーの中でアーティストが作品を作り、その姿を見せるといったような私などには想像もつかない発想はどこから生まれるのですか。

亀山 あのときは製作過程を見せることがアートではないかと考えて提案しました。大きな動きのある方とか細かい動きの方、いろんなアーティストの方をウィンドーの中に配置して、「移り変わる姿」を見ていただくというのは楽しいなと。

華務長 「移り変わる姿」を見てもらうというのも新しい発想ですよね。

亀山 いろいろ冒険ですけれど、完成が見えないので「本当にちゃんとできるのかな」という心配もありました。

華務長 最終日には見物していた人から拍手が起こって。それが本当にちゃんとできたことを物語っていると思います。ウィンドーの真ん中にあるゲートを通して、中と外が一体となる。阪急さんは「劇場型百貨店」とおっしゃっていますが、デパートというショッピングをする場所なんだけれど、人やそうしたアートとの出会いによって倍以上のものが生まれる。出会いによって生まれる魅力、力を大事になさっているように思うんです。

亀山 ショッピングだけなら阪急に来られても他店に行かれても同じものが売っています。ですから百貨店に来るだけで楽しんでいただけるといった、付加価値が大事になってきます。中でも、ウィンドーは阪急が主張したいことを表現していて、また百貨店の品格を見せる場所なので手は抜けない。百貨店の値打ちを上げることが我々の役目だと思って取り組んでいます。

華務長 阪急さんに来ると、ウィンドーから期待感が高まって入り口で夢が膨らみます。買い物に来たはずなんだけど、店の中をお散歩していろんなところを見て楽しい、いつもそんな感じがあります。

亀山 それが一番我々が望むところですので、そういってもらえると嬉しいですね。

華務長 表現する上で心掛けておられることはありますか。

亀山 例えば10年ぐらい前にやっていたことが、また今になって流行ってきたなということがあります。ただし、同じようなテーマで同じようなデザインのものでもちょっと洗練された形、進化した形で表現すると全然違うものになる。ファッションも過去のものが何回も繰り返されますが、その度に新しくなっていくのと同じです。

華務長 そうなんですよね。確かにデザインというのは何十年に1回戻りますけれど、完全に昔のものではない。バランスとか細かな部分がちょっと違いますね。

亀山 やはり、進化していくんですね。時代と一緒に進化し続けるというのが僕らのテーマ。人よりも少し前を行く。我々商業施設がやっていることは未来を、ゴールを見つめつつ、皆さんの理解を得られる許容範囲のギリギリちょっと前を行くというのがちょうどいいと思っています。

華務長 ゴールが見えていても、ちょっと手前で。行き過ぎると、なかなか皆さんがついてこられないということですね。

亀山 難しいところがありますが、進化は少しずつというところでしょうか。

 

◆西欧の花といけばなの違い

 

亀山 今回、チェコ、パリ、ロンドンを回っていろいろ見てきたのですけれど、西欧の花の選び方が面白いなという感想を持ちました。日本のいけばなは「間」とか「空間」を大切にして、自然の形を革新的に「レボリューション」というか革命を起こすように作っていく。海外の花は、どちらかというと「デコレーション」という考え方ですね。ですから、花を詰め込んで色を強調します。全然違うと思いました。ただ、西欧の花を見て感じるのは、色のコーディネイトのうまさです。これは難しい。カーネーションと薔薇が合うんだなとか意外な発見があって、やはり海外に行くといろいろな驚きがありますね。

華務長 おっしゃる通り、色の合わせ方ですとか、ギューッと詰めても喧嘩しない色の取り合わせ方などすごく上手だなと思います。ヨーロッパに行くと普通に人が動いている姿や街の色が綺麗で、もともと感性豊なのですね。

亀山 眼は青くなかったらあかんのかなとか、一瞬考えますね(笑い)。空の色が違いますし、建物も古いものを大事に使っているのだけれど、どことなくセンスがあるというか。ベランダに飾られている花にしてもすごく綺麗で、これを日本でしたらどうなるのかなと思いました。伝統を大事にしながら暮らしていくという文化なんでしょうね。

華務長 日本では伝統の花と言いますと色彩より花の姿に重きを置いて、線やシルエットを大事にしてきたんですね。こういう明るいところで色が常に見えるということが設定されていなかったということもあります。ですから、いけばなでも近代的なお花と古典と言われるお花が明確に違うのはその点で、色彩の違いが大きいと思います。

亀山 その一方で、いけばなの万年青を使った古典的な小さな作品を見ると、形が面白くて自然の中でこうやって息づいているのかなと興味が湧きます。その作品に光が当たって後ろの壁に影が浮かび上がると、実物と影が相俟って面白い。大きなものをいけられるともちろんすごいなと思いますけれども、やはり小さなものをいけられるときというのは特にすごいなと思います。小さないけばなだけれども大きく見せる、また置く場所で空間を広く見せるというのは、日本ならではの感性でしょうね。

 

◆出会いの中で、イメージを形にしていく

 

華務長 今回、チェコに行かれて、帰国早々こうしてお話しいただいているのですが、常に世界中にアンテナを張っておられるんですよね。

亀山 たまたま今回はチェコに行ったんですけれど、しょっちゅうあちこちに行けるわけではないので、常には雑誌や映画、インターネットなどをいろいろ見て何か感じるものに出会うというか、今年はこういう方向やなあというのを肌で感じるというか、そうしたものを素直に表現する。ある時の話ですがアイデアがないときに、本とか雑誌を見ていると、ふと前に見た雑誌のことがポンと浮かんで、確かこんなデザインがあったなと思って必死に探すんですが見つからない。おかしいなと思ってよく見たら、ページの下の方のコラムにその小さい絵があってね。頭の中では大きな誌面なのに、実際は隅の方にある小さい絵だったんだっていう風に。興味があるものは、何か目の中に残っているんですね。

華務長 常にそういうものに接して、興味のあるものを少しずつ自分の中に貯めておくというのが発想の源なんですね。私ども嵯峨御流は、核となる部分はずっと変わらずに守りながら、時代に合わせて表現の部分は変えていってます。亀山さんは伝統文化のいけばなをどのように考えておられますか。アートディレクターとしてアドバイスをいただければありがたいです。

亀山 華務長というかいつものように呼ばせていただければミカさんが今なさっておられることが全てだと思います。ミカさんとか瀬原さんとか、「道」のつくものをされている方というのは歴史や今まで積み重ねてきたことは何かをよくご存知ですよね。自然の話、輪廻の話、大覚寺の歴史、そういったもの全てに学者みたいにすごく詳しい。話をしていると、何でもないようなことにもそういう意味があったのかと気付かせてくれますし、お話しするたびに驚きがあります。我々の仕事もそうですが、デザインにしてもいろいろ皆さんから提案してもらうんですよ。そのテーマに即して方向性を決めていくときに何か話の中の気付きというか、本当に言いたいのはこれかなと、何となく残る部分があるんです。その部分をすくい上げて、ちょっと絵にしていったりデザインしていったりして形にしていく。そういうことが大事だなとつくづく感じます。今、祝祭広場でフランスフェアとかいろんな催しをやっています。出店される方はこんなことをしたいと来られるのですけれど、雑談をしながらこの人は本当は何がしたいのか、このテーマから何を感じるのかと本音を聞き出す。その中で残ったものをプランに落とし込んで、祝祭広場とかウィンドーとかにしているんですね。ですから、いけばなの作品も街を歩いたりお寺を歩いたりお話をされたりする中で印象に残ったことを貯めていって、それがアイデアになって形になるのだろうと思います。

華務長 その通りです。自分だけではまだモヤモヤしているものが、何かに出会い、亀山さんとお話ししているうちにピントが合ってきて一つの形になり、これかなというものが出てきますね。

 

◆丁寧に生きることが大事

 

華務長 私ども嵯峨御流の側には常に大覚寺という大きな教えがありまして、授業や講座を始める前には朝一番に般若心経を唱えて手を合わせます。それは、特別な宗教心というよりはいけばなの「道」に携わる者にとっての儀式・形式で、自分がこれから習わせていただくことに感謝するということなんです。そうしたことを当たり前に行っているのですが、そうしたことは堅苦しい儀式というのではなくて、何か自分を切り替える時間になっているんですね。そういう「道」の勉強、「道」の稽古って素敵だなと今改めて思っています。時代はまたクラシックに帰る。奔放でなんでも許される現代だからこそ、ちょっと節操のある暮らしや少し不便かもしれないけれど日本の理にかなった生活、日本の中で大事に培われてきた風習や文化、そういうものに帰るというのがもしかしたら今、時代の最先端かもしれないですね。

亀山 丁寧に生きる。それが一番大事だと思います。料理も丁寧にすれば美味しいし、丁寧にということが大事だという気がします。先ほど、手を合わせて拝むという話をされましたがそれは精神統一でもありますし、開始のスイッチを入れることでもあるでしょう。我々もあまり信心深くはないんですが、お墓やお寺に行って仏様に向かって拝むとき、手を合わせると自然に口に親指を当てている。口を通して自分の命が伝わるんだろうなと感じることがあります。

華務長 最先端のことをなさっている方のお話だけに一層心に沁み入ります。人の心を打つデザインだとか表現には根っこがありますね。どうしても伝えたい思いとか、熱い気持ちとか、そういったものが原動力になっていると感じましたし、亀山さんがいつも光って見えるそのオーラの源はやはり丁寧に生きようという想いと、そうあるべく祈る心ですね。いつもお話しするたびに、亀山さんのお話は深いと感じます。

 

◆正月花に期待しています

 

華務長 戊戌開封法会や尾池門跡猊下の晋山式にも阪急百貨店の店長様にご参列いただき、理解を深めていただいて嬉しく思っております。そろそろ正月花の季節が近づいてきました。毎年、プレゼンテーションの前に何度も亀山さんと打ち合わせをするのですが、私の手書きのラフを見て、殴り書きの方が心が伝わると言ってくださって。そして、自分でも気が付かないポイントを指摘してくださるおかげで、それをまた作品に反映することができます。

亀山 ラフは言葉がいっぱい添えられているのでいい味が出るんです。それを前にして、こうした方が作品の意図が伝わるのではないかとか提案する。その清書に対して空間とか見る人の目線を考えて、こうした方がもっと効果的だろうといったことをさらに提案していきます。

華務長 去年は龍頭を置く予定でそれを絵に描いたら、「ウィンドーの上方空間に龍が発する響きみたいなものがあるといいな」とおっしゃいました。龍は浮かんでいるだけではなくて進んでいるんだということがそれによって伝わると。流れとか方向性が出てくる。私どもがいけようとしている作品に風を吹かせてくださったり、潤いが出たり・・・。

亀山 昔は四季がちゃんと決まっていて、春になれば花、夏になれば海といったように四季に合わせたテーマで展示していました。しかし、時代が多様化してきて、だんだんシーズンがなくなってきています。ファッションにしても、皆早くて10月にもう冬物を出すといったようにシーズンが曖昧になってきています。だからこそクリスマスとお正月だけは季節感を全面に出すスタイルを貫いて、「クリスマスが来た、お正月が来た」という喜びを表現したいと思っています。嵯峨御流のいけばなで表現していただく正月を超えるものはありません。

華務長 正月花で求められるのはたくさんの方が笑顔になれる作品です。花をいけているとつい自分本位になってしまうことがあるのですが、1日約30万人もの人が往来される場所で、不特定多数の方にはっと振り向いていただけるようなお正月らしい、しかも見ただけで笑顔が出てくるような表現とはどんなものか。とても考えさせられますし、その意味でもとても勉強になる場です。そのときに、ストーリーを大事にしてほしいと亀山さんがおっしゃったんです。それ以来、今でもそうですが、ウィンドー7面をずっと歩いてストーリーが感じられるようにというのを大事にしています。

亀山 いつもミカさんのお話を伺っていて、いけばなの世界、嵯峨御流の考え方の中には雨が降って山から水が流れ出て、大海に注いで水蒸気になって雲になって、またそれが繰り返されるという一つの輪廻というか、そういう巡廻する思想があると思っています。百貨店も同じだなと感じるんですね。我々が心を込めて提供するサービスや物がぐるっと回ってまた帰ってきて、それが親子三代に続いていくというふうに。

華務長 最も嬉しいことを指摘していただきました。私どもは大覚寺というお寺の中に連綿と伝わっているいけばなであって、お花の形や表現は時代によって変わっていくんですけれど、根底には嵯峨天皇の自然観ですとか弘法大師の宗教観があって、その中でも最も大事なのが命のあり方です。自分がここに存在するのも命がずっと続いているからだという、そういう深いものの捉え方がいけばなの花態の一つ一つに浸透しています。今、一番最先端のアートを見せておられる方に、嵯峨御流の哲学や考え方に共鳴するとおっしゃっていただいたことはこの上ない喜びです。また来年もいけさせていただくことになると思いますが、いつもそのことを忘れずに世界の多くの人々にとって大事な問題を何か形にしていけたらと思っています。それから来年は令和になって初めての正月です。天皇陛下の出された歌会始めのお題が「望」ですので、皇室にゆかりの深いお寺ということも踏まえて最先端のものを提供されるこの阪急という場で、何か皆さまの心に響くようなお花がいけられたら嬉しいと思っております。

亀山 次も素晴らしい作品を一緒に創りましょう。

 

<プロフィール>

亀山和廣

株式会社阪急阪神百貨店 阪急うめだ本店 販売促進部 装飾部 担当部長 アートディレクター。1972年阪急百貨店装飾部にデザイナーとして入社。以来、数多く全館の装飾デザインと店舗改装に携わり、現在コンコースウィンドー、祝祭広場などのアートディレクションを行っている。

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