いけばな嵯峨御流

令和2年2月号 華務長対談 辻󠄀井ミカ×株式会社 千本玉壽軒代表取締役 元島真弥

 

■四季の風情と伝統文化を練り込んで極上の京菓子をつくる

 

京都の老舗菓子司にして、大覚寺のお土産「麩せんべい」の製造元でもある千本玉壽軒。西陣のお店を訪ね、社長の元島真弥氏に京菓子の魅力や伝統を守る菓匠としての心構えを伺いました。

 

◆西陣に育まれて

 

華務長 ずいぶん古い構えのお店ですね。

元島 当店は千本玉壽軒といいますが、もともと井筒屋嘉兵衛という人が西陣織のかたわらお菓子を作っていて、それがお菓子の方を本業にして屋号を玉壽軒としたのが、江戸の終わりごろの話だそうです。本家はこの場所にあったんですが、千本通りの道幅が広くなるときに、手狭になるからというので今出川大宮に移り、その残った店で私の祖父が千本玉壽軒として始めたんです。それが昭和13年のことです。

華務長 千本玉壽軒として店を開かれてからでも80年。西陣に根付いたお店なんですね。

元島 父や、ここで生まれ育った妻の話を聞いていると、昔この辺りはずいぶん華やかだったみたいで、上七軒で遊んだ旦那衆が夜中にお菓子を買いにみえたとか。

華務長 そんな方もいらっしゃるんですね。京菓子を楽しまれている、そんな暮らしの豊かさというのは、子どものときからいいものに親しんでこそ生まれるものなんでしょうね。掛け軸を飾るにしても、今の季節だったらこれかな、もうちょっとしたら千秋楽かなとか。その時期のお菓子をいただくのもそうですが、日常の中にそういう季節の味わいがあるというのが、日本の文化のありようだと思いますね。

 

◆麩せんべい

 

華務長 大覚寺で販売している「麩せんべい」は、前の戊戌法会のときに作っていただいたそうですね。お土産にもぴったりで重宝しています。外国へ行くときにも持参しているのですが、ものすごく喜ばれます。

元島 昔から蜜は自家製なのですが、煮詰めてある温度になったら上手に冷まして、それを擦ってすり蜜というのを作り、一枚一枚にちりちりとばらけるように引きます。そしてぐるっと面取りをしてと、手間のかかるお菓子ですけれど、誇りを持って作らせていただいています。

華務長 一枚一枚手作りで大変な作業なんでしょうけど、心を込めて作っていただいてうれしいです。黒糖のものも出ましたね。またちょっと味が違っておいしいです。

元島 同じ沖縄の黒糖でも場所によって味が違うので、当店では味の濃い波照間島のものを使っています。中に餡を入れて金箔を乗せた半生のお菓子「菊の雅」も作らせていただいています。

華務長 あれも重宝させていただいています。

元島 ありがとうございます。

 

◆菓銘も味わいの一つ

 

華務長 京菓子は、旬の素材を使うのだけでなく二十四節気に合わせて意匠も変わり、季節感が堪能できるお菓子ですね。時には、食べたいと思っていたお菓子の時期があっという間に過ぎてしまって、「しまった!」ということもあるのですけれど、その季節、その時期にしか味わえないというのは、とても贅沢な楽しみです。

元島 お客さまに「そういう季節が来たんだな」と感じてもらうのも大切ですので、ちょっと季節を先取りして作っています。

華務長 お味はもちろん、季節にぴったりの菓銘がまた絶妙で素晴らしい。

元島 京菓子は、味覚、視覚、嗅覚、肌触りや舌触りといった触覚だけでなく耳で菓名を聞いてお菓子を想像していただく。五感全部を使って味わうものとされていますから、銘も大事な要素です。

華務長 これはどういう意味だろうという銘に出会って調べてみて、「なるほどこの季節だからこれなのか」と納得したり。謎解きをしているようでそれも楽しいんです。社長のお好きな銘のお菓子は何ですか。

元島 初春ですと「下萌」「魁」「北野の春」かな。「北野の春」は、牛の型を押すんですよ。

華務長 2月にお菓子を出していただいたとき、ほんのり紅色で牛の型があったら、「ああ、天神さんの梅か」と連想するわけですね。より深く味わうには教養も必要ですね。

 

◆京菓子は最高のオートクチュール

 

華務長 京都の人にとっておやつは欠かせないものですが、その時間に合わせてできたてのお菓子を2つ3つでもお宅までお届けになっているとか。

元島 馴染みの店として愛してくださる地元のお客さまは財産なんです。そうしたご愛用も、これまでの積み重ねがあってのことですから。

華務長 当たり前のように作り立てを届けてもらえて、西陣の人は幸せですね。

元島 おいしいものを食べていただきたい、ただそれだけなんです。ですから、お茶会でお使いになる場合は、甘さが残りすぎるとお茶を殺してしまうので甘さを少し控えめに、デパートなどでの販売の場合は、作ってから実際にお客さまのお口に入るまでに時間があるのでしっとり感が続くようにやや甘めにするといったように、同じお菓子でも目的や時間を考慮して調整しています。

華務長 最高の状態のものを届けるために使われる時間から逆算して作るという、一流の京菓子店ならではの心遣い。まさにオートクチュールの世界ですね。

 

◆食べる人の気持ちを思って丁寧に作る

 

華務長 今日、ここに来る途中で、雪餅の話題が出たんですよ。

元島 ちゃんとお作りさせていただいています(笑い)。

華務長 嬉しいです。12月から2月までの楽しみですよね。雪餅というのは作り置きができないと伺っています。これをいただこうと思ったら必ず予約をしないといけないと。

元島 どうしても皮が硬くなりやすいですので、予約をしていただくようにしています。当店の雪餅は大和芋という芋だけを使って、裏ごしを4回くらいします。口どけがよくなるように、徐々に細かい目のもので通していくんですよ。

華務長 そういうふうに丁寧に丁寧に作られるから、あのねっとり、ふわっとした感じになるんですね。この小さな世界に込められている想いとお仕事の濃さ。京菓子ってほんとうに贅沢なものだなと思いますね。

元島 召し上がっていただくお客さまもそのあたりのことは分かっていらっしゃると思いますので、気が抜けないというのはあります。店には若い職人もいますけれど、ちょっとした押し型の位置のズレとか、そういったことでもお菓子の印象がガラッと変わってしまうことがあるので、細かく指導しています。

華務長 作る人は何十個と作っていても、いただく人にとっては1個だけですものね。

元島 そうなんです。召し上がっていただく側にしたらたった1つのお菓子ですので、こちらの意図したものと違ったものをお渡しするわけにはいきません。

華務長 優しいお顔でお話しされていますけれど、お弟子さんに接するときは厳しい顔にならはるんやろうなと(笑い)。

 

◆お茶の文化に育まれて

 

華務長 京菓子と合うのは何といってもお薄ですね。

元島 関東のお菓子はどちらかというと技巧的で上手にできているなというものが多いのですけれど、京都のお菓子は省略して省略して最後に残ったエッセンスが形になったものといいますか、作り過ぎず、お客さまがイメージできる余地を残しておく。根底にお茶の文化があるからでしょうね。

華務長 お茶の文化をはじめさまざまな日本のいいところがぎゅっとこの小さな中に詰まっているのですね。

元島 私も十何年お茶の稽古に通っていますけれど、季節のありようやしつらいのありようというのは本当に勉強になります。大事なのは食べる人の気持ちを思いながら作ることですし、お茶を習えばそうした使う側の心も分かりますので。習い始めて、お菓子もしっかりとしないといけないとさらに思うようになりました。茶事は狭い空間の中で一体になる、心が通うというところも魅力です。

華務長 参加者の距離がぐっと近づきますよね。特にお菓子で、皆が一つになるのではないでしょうか。

元島 実は、今年は私が幹事に当たっておりまして、明後日、亭主として夜咄の茶事をやるんです。蝋燭だけの世界は幻想的で非日常的。でも、電気のなかった昔は当たり前にあったことかもしれないという、そういった面白みというのがあります。

華務長 いけばなでも、夜陰にいける花は白い花が最上と伝書に書かれています。でないと暗い中で見えませんから。お茶そのものが五感で感じる世界ですが、夜のお茶事ってより感覚が研ぎ澄まされるというか、ぼやっとしか見えないところに、お湯が沸いたら湯気がふわっと立って、お菓子も食べてみてはじめて分かるような、暗闇に近い気配しか分からないところで手探りでなさる茶事、それは楽しみですね。

 

◆伝統を守る覚悟

 

華務長 今もお茶を習い続けておられるという姿勢に、伝統を背負っている人の気宇と気構えを感じます。いけばなでも技術を磨くことは必要ですが、花さえいけられればいいということではありません。人の心に響く花、悲しみごとのときには言葉を超越して想いを表してくれたり、部屋を飾るときには控えめでありながらしっかり主張したり、そういうその場にふさわしいピリッとした花がいけられるようになるためには、どういう花器を使い、花器の下にはどういう敷物を使うか、その場合にはどういうことに気を付けていけなければいけないか、さまざまな教養を身に付ける必要があります。若いうちは簡単な道を選びたがりますし、中にはこの花一つだけをやりたいという人もあるのですが、幅広い知識や教養、文化的背景を知るためには週稽古を続けて、その中で一つ一つ積み重ねていくことが大事なんです。簡単なことではありませんが、その奥深さが分かってくると、学ぶ喜びも大きくなりますし、そこまで導いて差し上げたいなと思います。

元島 もちろん伝統を守ることは大事ですが、伝統だけに甘えているわけにはいきません。革新は必要ですし、同じような気持ちの菓子屋仲間と集まって、20年前から勉強会を続けています。

華務長 いろんな人とお会いになると、またそのご縁で新しいものが生まれますものね。自分を磨いて感性を研ぎ澄ますだけでなく、幅広く学びながら切磋琢磨しておられる。穏やかなお話しぶりの中にも、新しいものを生かしつつ伝統をしっかりとつないでいくという社長としての厳しい覚悟を感じました。私もいけばなを次世代につなぐという責任感をもって日々研鑽していかなくてはと、思いを新たにいたしました。

 

 

<プロフィール>

元島真弥

1962年生まれ。同志社大学経済学部卒業。2010年より株式会社千本玉壽軒の代表取締役に就任。一級和菓子製造技能士、職業訓練指導員の資格を持ち、現在、京菓子協同組合理事、技能検定検定委員を務める。

伝統を踏まえた季節の生菓子をはじめ、新しい感覚の季節の菓子作りにも力を入れている。

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