いけばな嵯峨御流

令和2年3月号 華務長対談 伊勢俊雄×辻󠄀井ミカ

 

■司所それぞれの楽しく前向きな想いが、新しい嵯峨御流の道を拓く

 

「話の双葉」最終回は、苔が美しい雨上がりの祇王寺で、伊勢俊雄嵯峨御流華道総司所理事長と、これから嵯峨御流が目指すべき方向、進むべき道について語り合いました。

 

◆祇王寺は苔の名所

 

華務長 ここでお花をいけさせていただいたのは、昨年の新緑の季節でした。さまざまな苔の種類を探してきまして、水盤の中に苔だけをいけたんです。ここの苔の種類は、いったい何種類くらいあるんでしょう。

理事長 100種近くあります。

華務長 すごいですね。紅葉に覆われる季節も綺麗ですし、新緑のお庭も美しかったですけれど、冬の風情もまたいいですね。

理事長 今日なども雨が降って苔が鮮やかです。雪化粧もいいんですよ。苔の上に白い雪が積もって趣があります。年に数回だけですけど。

華務長 雪が降ったら、きっとファンの方がカメラを持って飛んで来られることでしょう。祇王寺は、すごく凝縮された中に美しさがぎゅっと詰まっていて、大覚寺とは真逆の魅力がありますね。

理事長 大覚寺よりももっと西に位置していて、奥嵯峨といわれます。ここは尼寺なんですよ。祇王と祇女、その母刀自、仏御前が祀られているお寺ですから、男性は肩身が狭い。

華務長 平清盛の像も柱の陰に寄っておられて、不思議なお祀りのされ方ですね。この祇王と仏御前の関係が素敵だなと思います。かつての恋敵同士が仲良く暮らしたなんて、心が広いというか。

理事長 テレビ番組の収録で中村芝翫さんがここをお訪ねになったことがあるのですが、芝翫さんから「風情も景色も物語の世界そのもので素晴らしい」との感想をいただきました。

 

◆「前向き」の考え方が、ものごとを好転させる

 

華務長 宗務総長(総司所理事長)に就任なさって最初の会議で、第一声「私は嵯峨御流のお花が大好き、大覚寺が大好きです」とおっしゃったのが、ずっと心に響いています。温かいお人柄に加えて、すごく愛情に満ちたお心配りにも敬服しています。

理事長 ありがとうございます。あれは、こう言おうと考えていたわけではなくて、とっさに出た言葉、いわば私の素直な気持ちです。

華務長 やはり愛する気持ちこそが、光を与えるのですね。あの言葉をいただいて私たちも全国108の司所の皆が手を取り合ってより良い方法を考えれば何かできるのではないか、そんな前向きな気持ちになることができました。

理事長 私は何でも「前向きにいこう」というのを基本にしていまして、大変だな、やりたくないなと思いながらするより、どうせなら皆で楽しくやろうという考え方なんです。

華務長 その通りだと思います。来年度からの改革も、皆で良くしよう、嵯峨御流だけでなくいけばなそのものが盛り上がるようにしていこう、そういう大きな指針を前進させていくためのご英断であると受け止めています。

理事長 華務長のおっしゃる通りで、拝賀式をはじめいろんなところでお話しさせていただくのですけれど、嵯峨御流がさらに広まって、多くの方に知っていただきたいというのが一番です。また、いけばな界全体が元気になればいいと思っています。ありがたいことに諸流の家元とお会いする機会がありますので、そういう話を積極的にしていきたいと思っています。

華務長 かつて、たくさんの華道家や家元が嵯峨御所で華務職を拝領してきたという歴史があります。私どももその流れを汲んで、いけばなを通じて嵯峨御流はもちろんのこといけばな界全体、日本の文化全体、そういったものが良くなってほしいという思いで頑張っております。

 

◆大覚寺の中で学ぶことの大切さ

 

理事長 4月から組織を変えさせていただきまして、地区専修会を休講し、皆さん総司所で学んでいただくことになりました。もちろん嵯峨御流の魅力を広く皆さんに知ってもらい、当流を発展させていくことを目的とした改革です。ベースには、もっと大きくいけばな界全体の人気を上げていきたいという想いがあります。

華務長 全国どこででも学べるというのは魅力ではあるのですけれど、時代の変化に合わせて変えるべきところは変えていかなければいけませんし、必要な改革だと考えています。遠くの方が来にくくなるとはいえ、どの司所でも初代の方は大覚寺まで足を運ばれ、お寺や嵯峨御流の歴史、京都の文化などさまざまなものに感銘を受けて、その感動を胸に地元に帰って種を植えられた。それが実って108の司所になったわけですから、今その原初の精神に立ち返り、総司所に来て初代の熱い想いに触れ、そして自分から次の種を育てていく、そのような気持ちになっていただいきたいと思っています。

理事長 交通の便が悪い時代に遠くから大覚寺に通い、各地で自発的に司所を作り上げられた力、情熱はすごいですね。

華務長 今の門人の方々の情熱もすごいですよ。北海道から沖縄まで全国津々浦々の司所を回っておりますが、お顔を見てお話しすると皆さんの花を愛する熱く強い気持ちがじかに伝わってきて、その熱意に打たれます。できる限りたくさんの方とお会いして、これから嵯峨御流が進むべき道を教えていただき、また私どもの考えをお話しさせていただくつもりでいます。

理事長 大覚寺の雰囲気、空気感の中で学べば、おのずといけばなにも良い影響が出るのではないかと期待しています。ぜひ多くの方に総司所に来ていただきたいと思っています。

華務長 私も小さい時から大覚寺の近くに住んでいますので、折に触れ、お寺に寄せていただいてきたのですが、何度拝見しても次から次へと新しい発見があります。子どもの頃は気が付かなかった一つ一つの意匠に込められた想いや、またそれを磨き込んでこられた職員の方の想いなど、大人になって気付いたこともたくさんあります。何といっても日本の現存最古の庭園池である大沢池、当流の盛花の基礎になっているその姿が、1200年もの昔から変わらずにこの境内にある、確たる証(あかし)がすぐそばにあるというのは、ものすごく恵まれたことです。原点に触れれば、きっとその響きが体に備わるに違いありませんし、そういう意味でも総司所で学ぶことはとても大事なことだと思います。

 

◆1200年続いた大沢池を守るのは我々の使命

 

理事長 先ほど大沢池のお話をされましたけれど、3月から大沢池苑地の拝観を有料化させていただくことになりました。戊戌開封法会の直前の台風で、大覚寺はものすごい被害を受けまして、境内の大木が70本以上も倒れてしまいました。とにかく、我々には1200年続いてきた歴史ある大沢池を守る使命がありますので、今、一生懸命に修復しているところです。それで、少しでもその費用に充てたいと有料化に踏み切りました。この修復と同時に参拝の方が利用しやすいように整備していますので、台風の被害から立ち直りつつある大沢池の姿もぜひご覧いただきたいと思います。

華務長 史跡名勝ですので、きれいになさるといってもなかなか変更は加えにくいでしょうね。ここは空海さまと嵯峨天皇さまがじかにお話を交わされたところと伝わっていますし、御所の庭園だったわけです。そこに私たちが入らせていただいて、往時を偲びながら、雅びな時間をお過ごしになったのだろうなと想いを馳せられる本当に稀有な場所だと思います。

理事長 観月の夕べや宵弘法といったさまざまな行事も間近で見て、日本の伝統文化を体感してもらいたいですし、専修会などの勉強以外にも年間を通じて気軽に足を運んでいただきたいですね。それに、先生方は境内に入るのにも参拝料はいりませんし、大沢池を巡るのにももちろんいりません。

 

◆平和を願う気持ちと命の大切さを花で伝え続ける

 

華務長 大覚寺は四季折々の景色も素晴らしい。なかでも11月は、門外不出の嵯峨菊が有名ですが、紅葉と相まってことのほか美しい風景になりますし、そうした大覚寺でしか出合えない佳景も見ていただきたいですね。数年前、高円宮久子妃殿下が、毎年献上された嵯峨菊を邸にお飾りになっておられるけれど、その大好きな嵯峨菊を古来の天皇方がご高覧になっていたその場所でご覧になりたいと、わざわざお越しになったのを思い出します。

理事長 年初、我々は大覚寺で祈願した護符を持参して、天皇皇后両陛下、東宮御所、各宮家に参内して新年のご挨拶を行うのですが、久子妃殿下は嵯峨御流のことを非常に親しく思ってくださっていて、毎年、邸の中に招き入れてくださってお話をさせていただくんです。今年も嵯峨御流の話題が出たんですよ。

華務長 それは有難いことです。皇室の方ですとか大事なお客さまがお見えになられたときに、お寺の方が嵯峨御流のお話をしてくださったり、実際にお花をいけさせていただく機会を頂戴したり、たくさん誉れ高いことをさせていただいております。そのお陰で、一昨年の戊戌開封法会のときには、多くの皇族の方から「嵯峨御流のことを知っております」とお声を掛けていただきました。1200年の昔、嵯峨天皇がお花をご自分で手折られておいけになられた、それが嵯峨御流のいけばなの始まりですので、その大きな御心、平和を願う気持ちと命の大切さというものを、これからも花で伝え続けていかなければいけないと思っています。

理事長 戊戌開封法会に行幸された今上陛下と、その時は皇太子殿下でいらしたのですが、お話をさせていただいて、「大覚寺も嵯峨御流も1200年の歴史がございますね」ということをおっしゃっていただいたのを覚えております。

華務長 その折、陛下が嵯峨天皇の写経を大変長い時間ご覧になっていたと伺っております。数年前のお誕生日の記者会見で、「国に災害が起こったとき、かつての天皇も今の天皇がなさるようにすぐにでも被災地へ飛んで行きたいという気持ちはおありだっただろう、だけど交通の便などもあってそうはいかない、それで天皇は国の平安を願って写経をするという形で、民に寄り添うということをなさったと思う。嵯峨天皇の写経に始まる民と寄り添っていたいという、その心こそが象徴天皇のありようだと思う」と述べられたのを、忘れることができません。

理事長 写経をご覧になるお姿を横で拝見していて、真摯なお人柄が見受けられました。また陛下は、我々大覚寺の職員に対しても気配りしてくださり、恐縮するやら有難いやら。そういった表現をするのも恐れ多いのですが、素晴らしい方だと思いました。

 

<プロフィール>

伊勢 俊雄

真言宗大覚寺派宗務総長・大本山大覚寺執行長・嵯峨御流華道総司所理事長、祇王寺住職を兼任。宗会議員4期、議長2期を経て平成29年4月から現職。

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