いけばな嵯峨御流

華務長の部屋

いけばな嵯峨御流 華務長
華道家

辻井ミカ

Profile

辻󠄀井ミカ先生は、祖父・父の跡を継ぎ昭和43年より嵯峨御流に入門され、平成2年派遣講師となり本格的に華道家としての活動を開始される。

平成8年華道芸術学院教授に任命されたのを始め、華道評議員、華道理事、華道企画推進室副室長等の総司所役職を歴任、平成16年より平成26年3月まで弘友会司所の司所長に就任される。

そして平成26年4月1日より華道総司所華務長に就任。
現在、日本いけばな芸術協会常任理事、大正大学客員教授を務められる。

華務長からのお知らせ

3月31日、4月1日。嵯峨御流弘友会司所の、創立70周年記念華展が、うめだ阪急9階で開催されます。

大阪、うめだ阪急本店9階の阪急うめだホールで、いけばな嵯峨御流弘友会司所会員有志150名によるいけばな展が開催されます。私も一作出瓶しており、両日とも会場におります。
もし、うめだへお買物などにお越しの際にお立ち寄りくだされば嬉しいです。

会場構成はデザイナーさんとのコラボレーションで、壁が無い構成です。

3月31日11時から19時。
4月1日11時から17時。
31日午前11時オープニングは、辻井美穂さんによる、水をテーマにしたパフォーマンスで幕開けとなります。
いま、会場は準備で戦争状態。幟のように瀬原加奈子様の書「守」「破」「離」が掲げられました!
すごい迫力の書!誇らしくて、感動しております。

 

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3月24日。第一回 西宮神社境内社百太夫神社文化芸術講演会。

3月24日。西宮神社様主催の第一回講演会を拝見しました。
嵯峨御流副総裁岡田脩克先生のデモンストレーションと、理事岡田芳和先生の「嵯峨天皇の残されたもの」ご講演でした。デモンストレーションは、二胡と篳篥、シンセサイザーによるライブとのコラボレーションで大変楽しませていただきました。
講演会に先立ち、350名あまりの参加者全員で、本殿ならびに、境内社で芸能の守り神である百太夫神社に参拝させていただきました。
清々しい空気と、大勢の方に信仰される活気ある神社ならではの賑やかな雰囲気の境内を歩かせていただいたのは子供の時以来久しぶりでした。

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嵯峨御流名古屋司所創立65周年記念花展「浮遊花〜智慧と慈悲をいける〜」が、3月24、25の両日開催されました。

会場は、興正寺の広い境内の中の殿舎で、お玄関には、司所長の荘厳華が飾られていました。お座敷や離れなど、その部屋ごとにあわせた床の間や展示のしつらえがとても素敵でした。嵯峨御流の伝承花や、華やかで創作的な作品の数々、また文人華では素晴らしい佳瓶を拝見でき、庄司信洲先生から寓意の解説もいただいて、充実した時をすごさせていただきました。
白砂のお庭には、108の煩悩を庭一面に放たれた青い玉で表されていました。お庭を背景に陶器の嵯峨天皇様、そのお姿の前にハートの献花、と隅々まで趣向をこらされ、愛に満ち溢れたお花会でした。

 

3月24日(土).25日(日)大覚寺。 夜のイベント「嵯峨の月光(つきあかり)と さくら」が催されます。

 

大覚寺ウオータースクリーン プロジェクション「嵯峨の月光とさくら」がいよいよ3月24日・25日の両日、午後6時から8時30分まで、夜の大沢池 で上演されます。

23日18時に、記者会見とお披露目会が行われ、門川大作京都市長、伊勢俊雄大覚寺執行長、竹原善生大覚寺部長、渡辺好章同志社大学教授、華道嵯峨御流華務長のご挨拶につづき、草笛光子様のナレーションで約10分間の映像が映し出されました。

平安時代から、今も現存する最古の庭池に於いて巨大な水のスクリーンに投影された光のアート。そこに表現されていたのは、嵯峨天皇と空海のお二人が、命の尊さと平和を祈る心の表現でした。嵯峨天皇が空海のお勧めにより、自ら人々の苦しみを救うために書かれた写経と、花に託された祈りの心が、命の根源である水をスクリーンにした幕に美しい映像となって物語が繰り広げられるのです。

スクリーンには、一足早い桜が溢れるように満々と咲き、1200年前から変わらない池の水面に、斬新なアートが見事に融合する、感動の時でした。
私の心の中には、瑞々しい感動が広がり、力が湧いてきました。自然を愛し、人に寄り添う心を表現すること。これが私がいけばなで伝え続けていきたいことだと、改めて心に湧き上がるものがありました。

昨今の様々な災害、特に近年の東日本大震災で今なお苦しむ方の苦悩を思うと、胸を締め付けられます。少しでも早く、少しづつでも立ち直ってほしい、その気持ちは私共も同じです。嵯峨天皇が人々に寄り添い、祈る気持ちが人々に力をもたらしたように、大覚寺では昨年12月に「ふくしまサクラモリプロジェクト」により福島の桜を大覚寺に移植され、福島の復興にむけて、毎年この桜の開花と共に未来もずっと一緒に福島を思い続ける、という意思を示されました。
嵯峨天皇は、花宴と呼ばれるお花見をされた初めの方でもいらっしゃいました。
深いご縁を感じます。。。

この企画は「嵯峨天皇宸翰勅封般若心経1200年戊戌開封法会・春」、そして「いけばな嵯峨御流創流1200年」の記念事業でもあります。

今年の10月・11月の二ヶ月間、勅封般若心経は60年に一度のご開封の歳にあたり大覚寺の中で公開されています。その期間中の10月12日から14日までの3日間、いけばな嵯峨御流華道祭がお寺の中で開催されます(10時から16時)ので、秋の嵯峨野へお運び頂けましたら大変嬉しく存じます。花は人と共にあり、心を慰め、時に勇気をもたらしてくれるもの。嵯峨天皇が平安の御代、庭の菊を手折られいけられたところ、自然の姿に天地人の調和が備わっていたことに感動され、「爾今花を賞づる者はよろしく之を以って範とすべし」と仰せになられた事が伝えられています。天皇の広い御心を伝えていくために多くの華道家が流派を超越して集い、その集まりがやがて川となり大河の流れになって今に至る嵯峨御流は、これからの未来、人も自然も縁を結んで絆を大切にする事で強く明るく開かれていくという事を花に託して、新花「花がさね」を発表しました。
花も人も、信念を大切に、思想を守り、周りの環境に合わせて変化しつづけ進化しつづけていく事の積み重ねが伝統を生むのだと思っております。

大覚寺大沢池で、夜のイベント「嵯峨の月光(つきあかり)と さくら」が催されます。 3月24日(土).25日(日)

大覚寺大沢池で、夜の特別拝観
ウオータースクリーンプロジェクション「嵯峨の月光(つきあかり)と さくら」が催されます。18:00〜20:30。

嵯峨の地をこよなく愛した嵯峨天皇が、この日本最古の林泉といわれる大沢池に映る月を見て観月を楽しまれた場所です。1200年前と同じ場所、同じ水面に、新らしい光が放たれる瞬間を体感できること、ワクワクします。

プロジェクションに彩られた大沢池が、皆様に、より愛されて、この池に象徴される 命の大切さと世界平和を祈られた嵯峨天皇様の大御心が、未来に永く伝えられていきますよう願っています。
https://www.daikakuji.or.jp/event_season_spring/#tsuki

 

マッピング①

3月14日。 華道芸術学院 本所特Aクラスの野外研修です。

38名の先生方と、京都市内で研修を致しました。皆さまのご人徳のおかげでしょう、素晴らしい快晴の日となり、見るもの聞くもの全てがきらきらと輝いて見えました。
まず、午前中は松栄堂さんでお香のお話と香袋制作体験です。沈香や伽羅の香りに包まれ、ご自分のお好みの香袋を携えて、清らかな気持ちになりました。
お食事は八坂神社の元境内地にある「いもぼう」さん。写真のお多福 の瓦はこのいもぼうさんのお屋根に上がっていたものを撮らせていただきました。午後は、城南宮さんのお庭で梅のお花見です。
八坂さんでも、道中でも、皆様の関心ごとはやはりお花です。木々の新芽や、馥郁とかおる花の香りに心をよせて、「幸せですね!」のお言葉が通い合います。
私は、お花見をしながら、知人のドイツ人の言葉を思い出しました。日本の人は小さな幸せを見つけるのがとてもお上手ですね、と仰っていました。
日々幸せに包まれる術を知っている日本人、素敵です。

 

 

野外研修②

 

最後に、城南宮は、私ども京都に住まいする者にとりましても、方除けの神様として、お引越しや車のお祓いなど、大変身近に感じるお宮です。
さらに、城南宮の御神紋は太陽と月と星を組み合わせた「三光の御神紋」ということから、いけばなで木瓜や薊などの棘のある植物を生花にいける時の心得として、三光の枝を備える、ということが伝書に書かれています。城南宮ではこの御紋は、祭神 神功皇后の御座船の旗印に由来するそうで、昼夜の隔てなく遍く輝きわたる城南宮の方除の御神徳を象徴していると解説書にかかれていました。

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3月10日。嵯峨御流 華道美作司所創立85周年記念華展を拝見しました。

津山市内のアルネ津山4階に於いて開催された華展を拝見しました。

 

会場は、パブリックスペースと繋がるオープンな場所でしたので、地域の方も明るく美しい花々に引き寄せられるように大勢お越しになり、会場は開会すると同時に大変盛況でした。力作の数々からは、それぞれの作者の想いが溢れるように響いてきて、美作司所の皆様の和かな笑顔と笑い声と共に、どの会場にも明るい光が輝いているようでした。

古より、いけばなの展覧会は「花会」と呼ばれたように、人々が花を通じて出会う機会であり、そのようなことを思いつつ、楽しく過ごさせていただきました。

ご紹介する写真は、大勢の人の間を縫って私が撮ったスナップですので、ほかにもたくさんの力作がいけられていたことをご報告しておきます。

 

 

(「月刊嵯峨 通巻1000号特別記念号」より、司所の紹介文を引用させていただきます)

岡山県北の津山地方では、嵯峨御流は大正の初期より盛んで、大正12年に清翠会が結成されました。清翠会は昭和8年まで続き、広い地域では集まるにも困難な時代であったため、昭和8年に津山司所と美作司所に別れました。津山市河面 青瀧寺を事務所としてご住職だった滋澤清甫先生が初代会長に就任され現在は4代目滋澤弘典先生が司所長をつとめられています。

 

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