いけばな×百段階段2015を見てきました。目黒雅叙園にて
4月24日、東京都指定有形文化財・目黒雅叙園「百段階段」特別企画として行われている、いけばな展を見てきました。この特別企画に公益財団法人日本いけばな芸術協会が企画後援されていて、3月17日~5月17日まで毎週週替わりで日いけ所属の54流派のいけばなが展示されるのです。
4月20日~26日まで嵯峨御流が「十畝の間」を担当することになり、嵯峨御流関東地区連絡協議会の先生方がいけて下さいました。天井まである大きな桜の迎え花に続いて、自然の大景観を表現する「景色いけ七景」。そして、床の間と違い棚には、文人華や生花、嵯峨蒔絵の花台に龍頭鷁首船などが趣向をこらしていけられていました。
室内は撮影禁止との事でしたが、出瓶者がいけこみの時に撮った作品写真のみ公開可能との事ですので、出瓶の先生から送って頂いた写真をアップします。
十畝の間は、天井に23面の襖仕立ての鏡面に荒木十畝による四季の花鳥画が描かれ、黒漆の螺鈿細工が随所に見られる大変重厚な造りの部屋です。
いけばな×百段階段のリンク先
https://www.megurogajoen.co.jp/event/ikebana/index.html/
私が撮影できたのは、エントランスロビーとエレベーター前の作品のみ。ここには、古流松藤会の池田理英先生の華やかで迫力ある大作が展示されていました。はんなりした色彩も素敵です。

第22回京田辺市いけばな協会の華展・テーマ「花の輪」を拝見しました。
華道総司所参与の喜多正洲先生が会長を務めておられる、京田辺市いけばな協会の華展を、5月3日(日)に拝見させて頂きました。京田辺市コミュニティホールにて開催され、嵯峨御流からは6名の先生方が出瓶されていました。喜多先生の作品と、5名の先生方の作品、及び嵯峨御流出瓶者6名の皆様との記念写真を掲載いたします。
会場は市民の方が集われ、出瓶の方も和やかにお出迎えくださり、テーマの「花の輪」にふさわしく、明るくて入りやすい雰囲気の華展でした。
5月2日、京都上賀茂・大田神社にて、「大田の沢の杜若といけばな」のテーマでお話
京都市内上賀茂にある大田神社内の「大田の沢」で、天然記念物のカキツバタが盛りをむかえようとしている5月2日(土)に 、上賀茂の地元の方が主催される「第15回寺子屋」勉強会に、ゲスト講師としてお招きいただきました。 「寺子屋」のスタートは、「主は変わるが社家住宅は残す」のテーマを以て、賀茂文化についての勉強会
を続けていらっしゃいます。 今年10月に行われる上賀茂神社御遷宮の際、10月17日に大覚寺嵯峨御流献花式法会が行われる事が決まっており、今回の寺小屋は、<大田の沢の杜若といけばな。~大覚寺嵯峨御流のいけばなの世界を知ろう~>でした。
今回は「寺子屋」始まって以来、初めて大田神社の拝殿において開催されたとの事ですので、まずカキツバタを献花式の作法で献花させていただきました。大田の沢のカキツバタは天然記念物、一千年を越える昔からこの沢に在り続けています。宮司様のお話では、この沢に一千年以上、常に水の流れが滞らずながれているから、との事。
私は、大田神社と大田の沢のカキツバタを愛する地元の方々の意識が高いからこそ、この風景が変わらず存在するのだと思いました。
因みに、いけたカキツバタは、沢から取ったものではありません。華道総司所から、携えていったものです。
献花に続いて、大覚寺嵯峨御流のいけばなの紹介と、映像により献花式の説明を致しました。
後半の討論会では、太田神社の神職様と社家の方とで、「大田神社の歴史と杜若といけばな」についての意見交換会となりました。
大田神社宮司様のお話は、神社の歴史と天皇家との深いご縁など、淡々と語られるその内容は驚きの連続でした。
I.I.大阪支部フェスティバルに作品を出瓶しました。
4月26日(日)、いけばなインターナショナル大阪支部・第24回フェスティバルが大阪国際交流センターで開催され、私は流派代表として作品を出品しました。花材は、楓二種、芍薬、鉄線、錦松古木。フェスティバルでは、毎年開会式に在大阪総領事館から、各国総領事や御夫人が出席され、I.I.会長を交えてのセレモニーがあり、終日会員による華展・留学生対象のワークショップ・お茶席・エンターテイメントなど楽しい行事があります。I.I.のモットーである<花を通じての友好>の場にふさわしく、在大阪総領事館の作品も並び、盛会でした。

I.I.とは:いけばなインターナショナル公式HPより
http://www.ikebanahq.org/
一般社団法人いけばなインターナショナル(通称 I.I.)は、生け花の精神と芸術性に深い感銘を受けた米国人エレン・ゴードン・アレン夫人(Mrs. Ellen GordonAllen)により、「花を通じての友好」をモットーに、1956年に東京に設立された国際的な文化団体です。国籍も所属流派も多様な会員が、生け花とそれに関連した日本
の文化・芸術の紹介を通して相互理解と友好を深める活動をしています。
当初20数名で発足した組織が、今日では、全世界50数ヵ国および地域に163支部が設立され、会員数7600名を数えるまでに発展。日本国内には、札幌、仙台、東京、埼玉、鎌倉、信濃、名古屋、大阪、神戸、京都、広島、福岡、沖縄の13支部があり、登録会員は2000名に達しています。
名誉総裁高円宮妃久子殿下。
5年に1度「いけばなインターナショナル世界大会」を日本で開催。次の世界大会は、2017年4月に沖縄で開催されることが決定しています。
神山や大田の沢のかきつばた
深き頼みぞ色にみゆらむ
藤原俊成
平安~鎌倉初期の歌人 藤原俊成76歳の『五社百首』の中の一首。
京都市の北のほうにある上賀茂は、平安の昔、一面の湿地帯であったところを賀茂氏が開墾されたといわれています。大田神社は、賀茂氏に崇敬された神社で、その境内には、古代の沼沢の名残である「大田の沢」と呼ばれる沼沢があり、古代からカキツバタが自生していたようです。昭和14年に国の天然記念物に指定されています。
冒頭の歌の意味を、松本章男『京都うたごよみ』の解釈を引用させていただくと、「神山(こうやま)」は上賀茂神社の御祭神・別雷神(わけいかづちのかみ)が神山に御光臨されたことから、上賀茂神社の摂社の大田神社にかかる枕詞。「頼み」は神への帰依・信仰心。「大田の沢の杜若は今年もすでに花をひらいたことでしょう。賀茂の神への深い帰依心があるから、あのように濁りのない、清らかな紫の色に咲くことができるのですね」となります。
4月24日に、おそらく今年はじめての開花が見られました(写真提供:法眼玲子様)2輪並んで咲いています。沢山の蕾が、これから一斉に咲きだすことと思います、楽しみです。
5月2日に、京都上賀茂・大田神社にて、「大田の沢の杜若といけばな」のテーマで講演をします。
大田の沢の杜若が盛りをむかえる5月に、地元の方が主催される「第15回寺子屋」勉強会にて、ゲスト講師にお招きいただきました。「寺子屋」のスタートは、「主は変わるが社家住宅は残す」のテーマを以て、賀茂文化についての勉強会を続けていらっしゃいます。
今年10月に行われる上賀茂神社御遷宮の際、10月17日に大覚寺嵯峨御流献花式法会が行われる事が決まっており、今回の寺小屋では、私が大覚寺嵯峨御流のいけばなの世界と、映像により献花式の説明を致します。
なお、後半は討論会となり、太田神社の神職様と社家の方とで、大田神社の歴史と杜若がいけばなの世界を見らせたわけ」について意見交換会となります。
日時 5月2日(土)14時~16時
場所 大田神社内
先日の華道祭(4/10-12)で、宸殿の障壁画の前に生けられた荘厳華です。相生の松を役枝に見立てて、一対の花器が丁度松をいけたように配置されていて、面白いですね。
大丸京都店で開催されている、華道京展後期を拝見しました。
嵯峨御流から、代表者垣花悦甫先生の作品と、中嶋啓甫先生・中西千里甫先生・上村和甫先生3名の連作です。
琳派400年にぴったりの風神雷神の壺、瑞々しい楓と鉄線の取合せが素敵です。
4月17日に、京都大丸で開催された華道京展を拝見しました。
前期出瓶の嵯峨御流の作品をご紹介します。代表者席、垣花悦甫先生。
流派席には長谷川 明洲先生、林 基甫先生、大塚久甫先生。
黒の和モダンを意識されたような会場構成でしたので、嵯峨御流の桜の作品は、まるで夜桜を思わせるような雅な風情でした。
会場入口には、今年1月に発表された新型荘厳花器「そわか」を使った作品が展示されていました。
4月3日から7日まで、京都御所春の一般公開が催されました。
今回のいけこみは、紫宸殿西側の回廊で、嵯峨御流京都地区宇治司所が挿花を担当されました。
八汐つつじ、這いビャクシン、百合、など。

The 3rd Day of the Flower Arrangement Festival: April 12th
On the day that was blessed with fine weather, the Flower Arrangement Festival “Flower Memorial Dedicated to Emperor Saga” was held with the flower offering ceremony performed by the “Tan-en branch” of the Kyoto Northern district. At 10:30 a.m., the long procession of priests and flower dedicators departed from the entrance gate and made the first flower offering at the Hanakuyouto Flower Memorial. As many people watched over, the procession progressed through the Chokushimon Gate to the stone stage, greeted by the Japanese court music performance.
Once the procession reached the stone stage, the music ceased. In the complete silence, the offering of the flower memorial handwritten sutra was performed, followed by the sound of a bell made by a priest to commence the flower offering ceremony. The 30 flower offering attendants dressed in the former attire, Chihaya, made offerings of small flowers in front of the hall.
And then at the sound of shaku, the flower dedicators faced each other and began to arrange the set of flowers. Flower dedicators, assistants and attendants were all positioned in pairs to perform in synchronicity. The moments were filled with solemnity as we viewed the movements in complete unison.
As the flower dedicators held the completed arrangement of cherry blossoms, the hearts of all ceremony attendants joined together naturally.
The flower offering was placed inside of the Shingyo den Hall, followed by the tea offering made by the “Teiko-kai”. And then the sutra recitation was performed, followed by the Japanese court music performance by the “Miyabi –kogakkai”.
The memorial was performed in a solemn manner for 1 hour and a half.
It was our great honor to have an honorable attendance of the Deputy Mayor of the City of Kyoto, Mr. Hiroyuki Fujita as well as the visit to the flower exhibition halls. In the photograph with the Deputy Mayor are Mr. Kougetsu Hattori, the head of the Planning Division, and Mr. Chishu Murashima who guided the flower exhibition. In the other photograph is the headmistress Kozan Okada of the Kozan School from Tokyo.
The flower exhibition had participation from our 109 nationwide branches and 20-plus overseas branches; the tea service was performed by the Teiko-kai; cooperation from the purveyors; the Headquarters professors, instructors, and the temple employees; more than 200 people functioned as staff to provide support throughout the 2 days of preparation and the 3 days of the event. I extend my heartful gratitude to everyone who came to the event. At the same time, I deeply apologize to those of you whom I was not able to greet in person. With support from everyone, the 3 days of the memorial flower festival dedicated to the founder, Emperor Saga was held successfully in peace once again this year.
(Translation: Reiko Hogen)